Publications研究業績
論文紹介:ヤヌスナノ粒子を用いたV-ATPaseの1分子計測
(学変A分子サイバネティクス ニュースレター原稿)
Akihiro Otomo, Jared Wiemann, Swagata Bhattacharyya, Mayuko Yamamoto, Yan Yu, Ryota Iino
Visualizing Single V-ATPase Rotation Using Janus Nanoparticles
Nano Letters, November 22, 2024. DOI: 10.1021/acs.nanolett.4c04109
V-ATPaseやF-ATPaseといった回転分子モーターの性能を調べるには、光学顕微鏡を用いて個々の分子の回転運動を直接可視化する1分子観察が有効です。回転分子モーターの1分子観察では、ガラス基板に固定した分子の回転軸にナノ粒子を結合させ、その併進運動を回転運動に変換して解析を行うのが一般的です。この解析の問題は、ナノ粒子がモーターの真上に結合すると併進運動が起こらず、回転を検出できない点です。このため、2個の粒子が繋がり非対称な形状を持つタンデムナノ粒子がよく利用されますが、タンデムナノ粒子の形成は制御が難しく、1分子観察の効率を下げる要因の一つとなっていました。本研究では、単一ナノ粒子の2つの半球が異なる光学特性を持つヤヌスナノ粒子を利用し、V-ATPaseの回転運動を観察してトルクを計測することに成功しました。
直径500 nmのシリカナノ粒子の半球に金コートを施して作製したシリカ/金ヤヌスナノ粒子を位相差顕微鏡で観察すると、シリカ半球側はコントラストが低く、金コート半球側はコントラストが高い、非対称な半月状の像が得られました。そこで、このヤヌスナノ粒子をガラス上に固定したV-ATPaseに結合させ、エネルギー源のATPを加えて1000フレーム/秒で高速観察すると、非対称な像が反時計回りに連続的に回転する様子をとらえることができました。
次に、揺らぎの定理に基づく解析法を利用してV-ATPaseのトルク計測を行いました。本手法は回転運動中のプローブの揺らぎからトルクを見積もるため、上記の高速観察が必要となります。その結果、粒径500 nmで水の粘性抵抗が大きいヤヌスナノ粒子を利用したにも関わらず、より小さなタンデムナノ粒子(粒径287nm)を利用して計測した先行研究とほぼ同じ値(22 pNnm)が得られました。この結果は、V-ATPaseのトルクは負荷の大きさに依存せず一定であることを示唆しています。本研究により、回転分子モーターの1分子計測におけるヤヌスナノ粒子の有用性を示すことができました。
本研究は、コロナ禍直前の2020年2月に共著者のYan Yu教授(米国インディアナ大学)から頂いたメールで始まりました。サバティカルで私のラボに滞在したいとのことで、当時は全く面識がなかったのですが、JSPS短期招へい事業に申請し採択して頂き実現しました。コロナ禍の影響で、来日が叶ったのは2022年6月でした。Yu博士はヤヌスナノ粒子の専門家で、議論の自然な流れで本研究のアイデアに至りました。2か月と短期間の滞在でしたが、筆頭著者の大友章裕助教(現:京都大学助教)の努力によりデータを得ることができ、成果としてまとめることができました。共著者の皆様に心より感謝致します。