大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 分子科学研究所 協奏分子システム研究センター CIMoS

研究

第24回CIMoSセミナー
光反応による凝集体形成を利用した新しいがん治療

第24回CIMoSセミナー<br>光反応による凝集体形成を利用した新しいがん治療

講演要旨

 光免疫療法(Near infrared photoimmunotherapy, NIR-PIT)は、近赤外光を使った新しいがん治療法である。光免疫療法では、がん細胞の膜抗原に結合する抗体に近赤外蛍光物質であるフタロシアニン化合物(IR700)を結合させたもの(抗体-IR700複合体)を光反応性薬剤として用いる。IR700は、フタロシアニン環の中心にSiを配し、そこから上下に水溶性の軸配位子を伸ばした化学構造を持つ。水溶性が高いため色素が抗体の体内動態に影響を与えることはなく、また、IR700単独では毒性を示さない。抗体-IR700複合体を静脈投与後、がんに近赤外光を照射することで治療を行う。

我々はこれまでに、IR700に近赤外光を照射すると光化学反応により水溶性の軸配位子が切断されることを報告している。また最近、この反応ではラジカルアニオンが中間体として生成することが重要であること、ラジカルアニオンの生成にはSi-O結合を介した水和が重要であることを見出した。ラジカルアニオン生成後の軸配位子切断は室温で進行し、軸配位子が切断されるとフタロシアニン環のπ電子相互作用によるスタッキングが起こり不溶性の凝集体を生じる。この不溶性の凝集体は抗体に結合した状態でも形成され、細胞膜表面で不溶性の凝集体を生じることによって、細胞膜が傷害される。

このように、PITによる細胞死は細胞膜上の物理化学的傷害を起点とするため、酵素反応カスケードを必要とせず迅速に細胞死が引き起こされる。また、細胞膜傷害に伴いimmunogenic cell deathが起こるため、がん免疫の活性化も見られる。本セミナーでは、PITの特長を細胞障害メカニズムの観点から紹介する。

参考文献

  1. Kobayashi M, Harada M, Takakura H, Ando K, Goto Y, Tsuneda T, Ogawa M, Taketsugu T. Chempluschem 85(9), 1959-1963 (2020).
  2. Sato K, Ando K, Okuyama S, Moriguchi S, Ogura T, Totoki S, Hanaoka H, Nagaya T, Kokawa R, Takakura H, Nishimura M, Hasegawa Y, Choyke PL, Ogawa M, Kobayashi H. ACS Cent Sci 4(11), 1559-1569 (2018).
  3. Ogawa M, Tomita Y, Nakamura Y, Lee MJ, Lee S, Tomita S, Nagaya T, Sato K, Yamauchi T, Iwai H, Kumar A, Haystead T, Shroff H, Choyke PL, Trepel JB, Kobayashi H. Oncotarget 8(6), 10425-10436 (2017).
  4. Mitsunaga M, Ogawa M, Kosaka N, Rosenblum LT, Choyke PL, Kobayashi H. Nat Med 17(12), 1685-1691 (2011).
日時 2021年3月5日(金) 15:00〜17:00
場所 Zoom online
題目 光反応による凝集体形成を利用した新しいがん治療
講演者 北海道大学
小川 美香子 教授
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