第3回 CIMoSセミナー
光センサー蛋白質の局所状態変化と全体構造変化
要旨
蛋白質が関わる反応は,分子内化学反応に代表されるÅスケールの低次階層で生じる変化,nmスケールの蛋白質全体で生じる構造変化,ひいてはmmスケールの細胞内環境を舞台とした蛋白質集団の集合離散といった幅広い空間で観測される.更に,これら階層を隔てた反応は互いに連動し,その結果として高度な生理機能を実現している.従って,生命現象を理解する,すなわち,蛋白質が関わる全ての反応を分子論的に理解するためには,蛋白質が示す各階層で生じる反応を解析すると同時に,これらの反応の階層間の連動性について考察する必要がある.
低次階層で生じる基質結合や分子内化学反応は,関与する官能基間の相互作用を高い空間分解能で解析することが本質的であり,結晶構造解析が唯一の方法と言っても過言ではない.一方,高次階層で生じる反応は溶液中で初めて生じる反応であるため,蛋白質の構造学的研究すべてを結晶構造解析にゆだねることはできない.溶液中での蛋白質及びその集団の動態を解析する有力な手法の一つに溶液散乱測定法があげられるが,それもまた万能ではなく,空間分解能にして約10Å程度の構造情報しか得られない.これらの例は,蛋白質を理解するためには,空間スケールに応じた適切な分析手法を選択し,得られた結果を基に階層間の連動性を推測していく必要があることを示している.
我々は,蛋白質が示す反応の階層間の連動性を明らかにすることを目的として,細菌の目の働きを担う光センサー蛋白質(Photoactive Yellow Protein,PYP)が関与する,「光誘起分子内反応」,この分子内反応と連動して生じる「高次構造変化」,さらには高次構造変化によって誘起される「相互作用蛋白質との集合・離散」の解析を進めてきた.分子内反応については,特にプロトン移動反応に関与する水素結合に注目し,水素原子の位置を精密に決定することができる唯一の手法である中性子結晶構造解析を適応することで,PYP中に低障壁水素結合と呼ばれる特殊な水素結合が存在することを明らかにしてきた.更に,PYPが示す高次構造変化については,低分解能という溶液散乱測定法の最大の欠点を補うため,新たに高角散乱曲線を活用した構造解析法を開発し,その構造変化の詳細を解析することに成功してきた. PYPの高次構造変化と連動したPYPとその相互作用蛋白質との集合離散についても滴定X線溶液散乱によってその動態の解析に成功し,PYPの活性種の濃度に依存して異なる相互作用蛋白質との集合体を形成することが明らかになってきた.本セミナーでは,これら各階層でみられる諸物性について紹介した上で,階層間の連動性に関する考察を述べる.
日時 | 2013年6月28日(金) 16時~ |
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場所 | 分子科学研究所 実験棟3階301号室 |
題目 | 光センサー蛋白質の局所状態変化と全体構造変化 |
講演者 | 上久保 裕生 准教授(奈良先端科学技術大学院大学) |