OHMORI GROUP

RESEARCH

コヒーレント制御、量子力学、波束、分子コンピューター

物質の波動関数の干渉を光で制御する技術をコヒーレント制御と呼びます。その応用は、量子コンピューティングや結合選択的な化学反応制御といった先端テクノロジーの開発に結びつくだけでなく、量子力学的な世界観の検証においても有用であると考えています。私たちは、気相孤立分子の電子振動波束にアト秒(アト=10-18)精度で制御されたレーザー電場の振幅と位相の情報を完全に転写することによって、それらが干渉してできる量子力学的な時空間模様をピコメートル・フェムト秒レベルの時空間分解能で多彩に加工し可視化することに成功しました [1-6](図1)。
   この技術を駆使して、現在は次のような課題に取り組んでいます。

  図1:アト秒ピコメートル精度でデザインし可視化された波束干渉の時空間模様。ヨウ素分子内で対向して運動する2個の振動波束の相対位相を(a) 0度;(b) 90度;(c) 180度;(d) 270度に固定した。文献[1]より引用。  

 

極低温リュードベリ原子を用いた超高速量子シミュレーター

私たちの超高速コヒーレント制御手法と光格子中の極低温原子分子集団を組み合わせた全く新しい量子シミュレーターの開発を行っています。その基本構想は次のとおりです。まず光格子中にトラップされたRb原子をピコ秒レーザーパルスにより複数のリュードベリ状態へとコヒーレントに励起し、それらの重ね合わせ状態であるリュードベリ電子波束を生成します。リュードベリ電子波束の中心主量子数を選択、あるいは照射するレーザー電場を加工して電子波束の空間広がりをデザインし、隣接サイト間の相互作用を制御します。このようにして形成された電子波束の実時間発展を観測することで、多体系の時間応答を研究する計画です。この超高速量子シミュレーターは、これまで独立に発展してきた超高速化学と極低温物理を融合する新たな学術分野を創製すると期待しています。
   現在は、磁気光学トラップおよび光双極子トラップ中のRb原子集団において、リュードベリ電子波束の量子干渉実験を行っており、電子波束間に誘起されるvan der Waals力に起因した多体相互作用の原子数密度依存性について調べています。これと並行して、全光学的手法によるボーズアインシュタイン凝縮の生成(2015年に初観測)、光格子の導入(2016年に初観測)、およびunit filling Mott絶縁体の生成(2016年に初観測)を進めています。
   私たちは最近、超高速量子シミュレーターのプロトタイプを開発しました。ここでは、光双極子トラップを用いて発生させた強相関・極低温リュードベリ気体中の超高速・多体電子ダイナミクスを、超高精度コヒーレント制御技術によってアト秒スケールで観測・制御する事に成功しています [7]。また、私たちは光双極子トラップおよび光格子中における強相関リュードベリ気体の多体電子ダイナミクスを記述する理論モデルの開発にも成功しました [8]。

  図2:光格子中に広がるリュードベリ電子波束。電子波束の空間広がりを任意に加工し、隣接サイト間の波束の重なりを調節して多体相互作用を制御・観測する。  

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バルク固体のコヒーレント制御

今後分子コンピューターを実用化し、量子・古典境界の謎を解き明かすためには、凝縮系への展開が必要と考えています。コヒーレント制御が物質の波動性に基づく限り、これを巨視的な多体相互作用系で実現する可能性を追求すること自体が、量子論的な世界観の検証となるでしょう。上記の超高速量子シミュレーターの研究によって得られるであろう固体結晶系の量子コヒーレンスの観測制御スキームを実在のバルク固体に適用することによって、凝縮系のコヒーレント制御を実現させることを目指しています。私たちは既に、YBa2Cu3O7-d結晶を用いたコヒーレントフォノンの制御 [9]、および固体パラ水素中に非局在化したvibron状態の量子干渉制御 [10](図3)に成功しています。また、ビスマス単結晶中の超高速2次元原子運動を全光学的に制御して可視化することにも成功しています [11]。

  図3:固体パラ水素中に非局在化したvibron状態の量子干渉の実時間観測。照射するレーザーパルスのタイミングを4フェムト秒だけずらすことで建設的干渉(赤線)から破壊的干渉(青線)へとアクティブに制御することに成功した[10]  

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気相孤立分子を用いた分子コンピューター

これまでに開発してきた超高速コヒーレント技術を応用して、分子1個の中の波動関数を情報担体として利用する分子コンピューターの研究を行っています。私たちは、0.3nmサイズの分子の中の波動関数を使って、従来のスーパーコンピューターの1000倍以上の速度でフーリエ変換を実行することに成功し、分子1個が超高速コンピューターとして機能し得ることを実証しました [12]。さらに任意の演算を実行するためには、分子内の情報を外部から書き換える新たな技術が必要でした。この要請のもと、私たちは従来は干渉しないと考えられていた分子の中の異なったエネルギー状態の波動関数が、赤外レーザーパルスの照射によって混じり合い干渉するという全く新しい物理現象を発見しました [13](図4)。この現象を高強度レーザー誘起量子干渉と呼んでいます。この干渉現象を利用して、分子内の複数の波動関数の強度を変化させることで、書き込まれた情報を外部から書き換えることに成功しました[13]。この技術は、分子コンピューターで任意の演算を実行するための基盤技術として期待されるほか、固体や液体の中で周囲の原子や電子との相互作用によって乱された波動関数を復元する基盤技術の開発にも役立つと考えています。

  図4:高強度レーザー誘起量子干渉。従来は混じり合うことは無いと考えられてきた異なるエネルギー状態の波動関数が、高強度の赤外レーザーパルスで混じり合い干渉するという全く新しい物理現象が発見された [13]。  

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References

[1] H. Katsuki et al., Phys. Rev. Lett., 102, 103602 (2009).
[2] K. Ohmori, Annu. Rev. Phys. Chem. 60, 487-511 (2009).
[3] H. Katsuki et al., Phys. Rev. A 76,013403 (2007).
[4] K. Ohmori et al., Phys. Rev. Lett., 96, 093002 (2006).
[5] K. Ohmori et al., Phys. Rev. Lett., 91, 243003 (2003).
[6] H. Katsuki et al., Science 311, 1589-1592 (2006).
[7] N. Takei, C. Sommer et al., Nature Communications 7, 13449 (2016).
[8] C. Sommer et al., Phys. Rev. A 94,053607 (2016).
[9] Y. Okano et al., Faraday Discuss., 153, 375-382 (2011).
[10] H. Katsuki et al., Phys. Rev. B 88,014507 (2013).
[11] H. Katsuki et al., Nature Communications 4, 2801 (2013).
[12] K. Hosaka et al., Phys. Rev. Lett., 104, 180501 (2010).
[13] H. Goto et al., Nature Physics 7, 383-385 (2011).