有機薄膜太陽電池[1,2]の変換効率は、実用化の目安である10%を越え[3]、サンプル出荷が始まるレベルに達している。
私たちは、有機半導体に、無機半導体の考え方を直接適用して、「有機太陽電池のためのバンドギャップサイエンス」を確立することが重要と考えている。すなわち、有機半導体においても、超高純度化[4]、ドーピングによるpn制御、内蔵電界形成、半導体パラメータ精密評価等の、無機半導体であるシリコンに匹敵する、有機半導体の物性物理学の確立が必要である。
ドーピングは、共蒸着によって行った。単独有機半導体だけでなく、2種の有機半導体の共蒸着膜に対してドーピングすることも考え、蒸着装置内に3つの蒸着源と水晶振動子膜厚計(QCM)を設置し、3種の材料の蒸着速度を独立にモニターできるように仕切り板を設けた(図1(a))。極微量ドーピングのために、QCMからの出力をPCに取り込んでディスプレイに表示し、非常にゆっくりとした膜厚の変化をモニターした(図1(b))。以上の工夫で、体積比10 ppmまでの極微量ドーピングができる。
有機半導体薄膜には、酸素と水が不純物となる。そのため、一度でもサンプルを空気にさらすと、フェルミレベル(EF) 、セル特性が大きく影響を受ける。そのため、蒸着装置とEF測定のためのケルビンプローブ(図1(d))をグローブボックスに内蔵し(図1(c))、空気に全く晒さないステムを構築した。
図1 (a) 共蒸着によるドーピング。(b) 極微量ドーピングのための膜厚計(QCM)出力例。ベースラインの変化から、0.0007 A/sと分かる。 (c)蒸着装置/ケルビンプローブ/内蔵グローブボックス。(d) ケルビンプローブ。有機半導体薄膜サンプルと振動する金属板から成るコンデンサーを形成し、サンプルのフェルミレベル(EF)を決定する。
まず、有機太陽電池の基幹材料であるC60について、pn制御技術を確立した[5]。酸化モリブデン(MoO3)を共蒸着ドーピングした。MoO3蒸着膜のEFは6.7 eVと非常に深く(図2右端)、C60の価電子帯(6.4 eV)から十分電子を引き抜く能力を持つ(図2左端)。実際、ノンドープC60のEFはバンドギャップ中央より上に位置するが、MoO3を3,300 ppmドープすると、EFは大きくプラスシフトして価電子帯に近づき、5.9 eVとなり、p型化した(図2左端)。
MoO3とC60の比率1:1の共蒸着膜は、強く着色して茶色になり、電荷移動(CT)錯体が形成されていることが明らかになった(図3上)。図3中段にドーピング機構を示す。基底状態でCT錯体(C60+---MoO3-)が形成される。室温の熱エネルギーでC60上のプラス電荷は、MoO3-イオンから解放され、価電子帯を自由に動けるようになり、EFがプラスシフトしp型化する(図3中段左)。これは、シリコンに対するホウ素(B)ドーピングの機構のアナロジーとして考えることができる(図3下)。なお、炭酸セシウム(Cs2CO3)は、C60をn型化できるドナー性ドーパントとして働く[6]。この場合は、裏返しの機構となる(図3右)。
ドーピングによってC60に発生した電荷が、室温の熱エネルギーで自由キャリアになる確率、すなわち、イオン化率が、Cs2CO3は約10%、MoO3は約2%であることが分った。シリコンにおけるP, Bドープの室温のイオン化率はほぼ100%なので、それよりもかなり小さい。有機半導体は無機半導体に比べて比誘電率が小さいため、CT錯体(C60+---MoO3-)(図3中段)のプラスとマイナス電荷に働く引力が強く、イオン化率が小さくなっていると考えている。
フラーレン類の他にも、フタロシアニン類[7]、典型的有機太陽電池材料、電子、ホール輸送材料に対して、pn制御が可能である(図2)。原理的には、すべての有機半導体に対してドーピングによるpn制御が可能であることが分かる。
図2 種々の有機半導体に対するドーピング結果。中央の黒線がノンドープ、それよりも下側へプラスシフトした赤線がMoO3ドープ、上側へマイナスシフトした青線がCs2CO3をドープした場合のフェルミレベル(EF)の位置。ドーピング濃度3,000 ppm。pn制御は原理的に全ての有機半導体に対して可能である。
図3 MoO3、および、Cs2CO3ドーピングによる、C60のp型化、n型化の機構。シリコンにおけるドーピングと比較して示す。各ドーパントとC60を、比率1:1の非常に高濃度で共蒸着膜化すると、強いCT吸収によって着色する。
単独の有機半導体では励起子が分離せず、光電流がほとんど生じない。有機太陽電池では、電荷分離エネルギー関係を持つ、2種の有機半導体の共蒸着膜中で励起子を分離させることが、実用レベルの光電流量を得るために不可欠である[8]。そこで、2つの有機半導体から成る共蒸着混合膜を、1つの半導体とみなしてドーピングによるpn制御を行った。この方法をとれば、共蒸着膜は全バルクで励起子が分離するため、「励起子が分離しない」という有機太陽電池特有の問題がなくなり、無機太陽電池と同様の取り扱いができるようになる。
図4に、フタロシアニン(H2Pc)とフラーレン(C60)共蒸着膜(H2Pc:C60)のpn制御の例を示す。共蒸着膜のフェルミレベル(EF)は、C60とH2Pcのバンドギャップのオーバーラップした、C60の伝導帯(CB)とH2Pc の価電子帯(VB)の間、すなわち「共蒸着膜のバンドギャップ」の中で動く。すなわち、ドナー性ドーパント(Cs2CO3)、アクセプター性ドーパント(V2O5)のドーピングによって、EFはそれぞれ、4.2 eVまでマイナスシフトしてC60の伝導帯下端に近づき、4.9 eVまでプラスシフトしてH2Pc の価電子帯上端に近づいた。
この共蒸着膜のpn制御技術を応用することで、n型、p型ショットキー接合[9]、pnホモ接合、p+、n+有機/金属オーミック接合(+は高濃度ドーピングを意味)、p+in+ホモ接合、n+p+有機/有機オーミック接合などの一連の基本接合を、共蒸着膜中に作り込むことができた。
図4 2種の有機半導体から成る共蒸着膜へのドーピングによるpn制御。フェルミレベル(EF)は、「共蒸着膜のバンドギャップ」の中で変化する。
ドーピングのみによってセルを自由自在に設計できる。ここでは、C60:6T(sexithiophene)共蒸着膜タンデムセルの例を示す(図5(a)) [10,11]。シングルセルは、絶縁層(i層)として働くノンドープ層をp+, n+層でサンドイッチしたp+in+構造、タンデムセルは、n+p+ハイドープオーミック接合によってシングルセルを2つ連結した構造である。図5(b)に示したように、シングルセルの開放端電圧(Voc)0.85 Vがタンデム化によって1.69 Vとほぼ2倍となり、ハイドープn+p+層がセル連結に有効であることが分かる。
ケルビンプローブ測定によって、今回のタンデムセルのエネルギーバンド図を実スケールで描くことができる(図6)。伝導帯(CB)と価電子帯(VB)が二重になっているのは、C60と6Tの混合になっているためである。太陽光照射下、フロントセルとバックセルそれぞれのi層で、C60と6Tの有機半導体間の光誘起電子移動によって光電流が発生する。n+p+接合は空乏層が13 nmと非常に薄いため、オーミックトンネル接合を形成し、フロントセルとバックセルで生成した電子とホールがここで互いに消滅し、その結果として、開放端電圧が2倍となる。
図5(a) ドーピングのみで共蒸着膜中に作り込んだタンデムセルの構造。各ユニットセルはp+in+構造を持ち、n+p+ハイドープ接合で連結されている。(b) シングルセル(青色)とタンデムセル(赤色)の特性。シングルセル性能は、Jsc: 4.5 mA cm-2, Voc: 0.85 V, FF: 0.41, 効率: 1.6%。タンデムセル性能は、Jsc: 3.0 mA cm-2, Voc: 1.69 V, FF: 0.47, 効率: 2.4%。
図6 実スケールで描いたタンデムセルのエネルギーバンド図。
有機半導体において、ドナー性、アクセプター性のドーパントを見いだし、pn制御技術を確立した。ドーピングのみで、一連の基本的接合、さらには、セルそのものを、単独、共蒸着膜中に作り込む技術を確立した。有機太陽電池のセル設計に、無機太陽電池の方法論を積極的に適用することは、非常に実りが多く、その過程で、逆に、有機半導体に特徴的な性質も浮き彫りになる。
伝導度(σ)は、キャリア濃度(n)とキャリア移動度(μ)の積で表されるため [σ = enμ]、nとμの双方を増大できれば、セル抵抗を抜本的に減少できる。ドーピング技術は、キャリア濃度(n)を増大させることに相当する。私たちは、蒸着中に第3分子を導入することで、共蒸着膜を相分離させ、ホールと電子それぞれの移動度(μ)を増大させる技術を確立している[12]。現在、この2つの技術を統合し、無機系太陽電池に追いつくことを目指している。
参考文献