分子科学研究所

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広報活動

ナノ構造体における光と物質の相互作用と量子デバイス科学への展開

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[はじめに]
光(電磁場)に対する物質の応答を考える場合、いわゆる双極子近似と呼ばれる簡便な近似を使うことが多いが、最近の実験やナノテクノロジーの飛躍的な進歩に伴い、より正確に光と物質の相互作用を取り込まなければ理解出来ない現象が多数報告されるようになってきた。また、そのような新規な光学応答を積極的にデバイス開発等の応用科学へと展開する試みが盛んに行われるようになってきた。我々のグループでは、ナノ構造体と光の相互作用を記述するための光学応答理論及びその理論に基づく数値計算手法の開発を行い[1,2]、機能性を持った量子デバイスを設計するための指針を理論・数値計算の観点から与えるべく研究を進めている。ここではその試みの一つを紹介する。

[光と物質の相互作用]
物質の光学応答をより正確に記述するためには、光と物質の相互作用の“自己無撞着性”と“空間的非一様性”の二点を考慮に入れなければならない。相互作用の自己無撞着性とは、電子と電磁場のダイナミクスが露わにカップルした状態のことを指す。通常、物質に光が照射されると分極が生じるが、古典電磁気学(マクスウェル方程式)に従えばこの分極を源として新たな電磁場が発生する。新たに発生した電磁場には遠方まで伝播する成分だけではなく、電磁場の発生源のごく近傍にのみ現れる短距離成分(しばしば近接場光と呼ばれる)も含まれる。もし電磁場発生源の近傍に別の粒子が存在すれば、その粒子中の電子とこの近接場光との間に相互作用が起こり、その結果、隣接粒子にも分極が誘起され、それに伴う新たな電磁場が発生する。この新たな電磁場は更に隣接する粒子中の電子と相互作用する。結果的に、電子と電磁場のダイナミクスが再帰的に露わにカップルしたモード(ポラリトン)が延々と繰り返される(図1)。これが光と物質の自己無撞着的相互作用であり、この延々と繰り返されるモードを介してエネルギーを伝播させることが期待できる。一方、空間的非一様な相互作用とは、光の空間的変化を考慮に入れた相互作用である。光の波長に比べて物質のサイズが十分に小さい場合には、一様な光が物質に照射されると見なすことが多い。いわゆる双極子近似は、光と物質の空間的非一様相互作用を無視した近似である。ところが上記した様に分極を源として新たに発生する近距離電磁場(近接場光)はその相互作用距離がせいぜい電磁場発生の源となっている物質のサイズ程度しかなく、もはや光は空間的に一様であると見なせなくなる。逆にこの様な光を使えば、入射光の回折限界に関係無く、入射光波長よりも桁違いに小さいナノ粒子系に対して非一様な光(より正確に言えば、物質中の電子の位置に依存した強度勾配を持つ電場)を照射することができる。その結果、電子の空間的位置ごとに光との相互作用の大きさが変わり、この差を利用して力を与える事ができる。以下では光を利用した力と言う意味で光学力と呼ぶ事にする。
我々のグループでは先ず光と物質の空間的非一様な相互作用を理解すべく研究を行った。以下ではその結果を紹介する。

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図1 誘電体中に埋め込まれた分子の電子ダイナミクス(プラズモン励起)と入射電磁場(左赤線)のカップリングの結果生じるプラズモンポラリトン(青線)伝播の様子。

[空間的非一様な相互作用を利用した電子励起と光学力]
図2 は直線配置を持つNC6N分子を通常の方法でレーザー励起した場合(a-b)と空間的に非一様な光(近接場光)で照射した場合(c-d)に発生する高調波パワースペクトルを比較したものである[3]。前者は双極子近似を使って計算し、後者は我々の開発した光学応答理論に基づいて計算したものに対応する。直線分子は反転対称性を持つので奇数次の高調波しか発生しないが、これはあくまでも双極子近似の下での話であって、光と物質の相互作用の非一様性を考慮に入れると図2(c)、(d)に見られるように、奇数、偶数どちらの次数の高調波も発生し、更には高次の高調波も同程度の強度で発生していることが分かる。これは空間的に非一様な光を使えば、分子の空間対称性を破り、かつ非常に高い電子励起状態へも励起できるからである。また、このような非一様な電子励起を利用して銀粒子に光学的な力を与えることができる。

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図2 直線配置を持つNC6N 分子を通常の方法でレーザー励起した場合(a-b)と空間的に非一様な光(近接場光)で照射した場合(c-d)に発生する高調波パワースペクトルを比較したもの。(a)、(c)は分子軸に並行な方向に偏向した光、(b)、(d)は分子軸に垂直な方向に偏向した光で励起した結果。

図3 は空間的に非一様な強度勾配を持った光が銀粒子に照射される様子を表す[4]。我々の計算によると、必ずしも分子系が持つ共鳴電子励起の条件の下で常に最大の光学力が働くわけではなく、図4 に見られるように照射する光の振動数に依存して光学力の大きさが複雑に変化することが分かった。これまでに幾つかの理論モデル計算があるが、いずれも電子系の問題を極めて簡単なモデルで置き換えてしまい、光学力が複雑な変化をすることは示しておらず、しかも共鳴電子励起の場合に光学力が最大になるとの結論を導いている例も見られる。この光学力の複雑な変化には、分子を構成する電子状態が大きく関与しており、近接場光の照射によって応答する電子とそれを遮蔽しようとする電子の動きの詳細なバランスで光学力の強さが決まっている。この成果は、原子や分子レベルでの究極的な物質操作の技術に繋がり、光学力駆動を利用したナノマシン設計にも展開できると考えている。

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図3 (a) 灰色球から発生した強度勾配を持つ近接場光で銀粒子(オレンジ色)を電子励起する様子。青矢印は電気力線を表す。
(b) 照射する光の強度勾配。縦軸は光の強度、横軸は近接場光源からの距離。

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図4 銀粒子に加わる光学力の振動数依存性(赤実線)。
銀粒子の吸収スペクトル(黒点線)。

[今後の展開について]
光と物質の相互作用のもう一つの重要な効果、すなわち自己無撞着性の効果を取り込む為に、物質系(電子系)の運動と光(電磁場)の運動を同時に扱う理論及びその数値計算手法の開発も現在進めている。上記したように自己無撞着性とは電子ダイナミクスと電磁場ダイナミクスが露わにカップルした状態(ポラリトン)であるが、このポラリトンの伝播を利用して高効率のエネルギー伝播量子デバイスの設計を試みようとしている。
光と物質の相互作用の空間的非一様性と自己無撞着性を考慮に入れることによ
り、これまで見えてこなかった新しい光学応答の世界が広がり、その現象が直接的に新規機能性量子デバイス設計の重要な鍵になると思われる。また、このように十数ナノメートルを超える物質を計算の対象にする場合、市販の数値計算プログラムや、既存の数値計算手法に基づくプログラムでは膨大な計算時間が掛かってしまい、事実上計算を実行することができない。我々のグループでは、京コンピュータで実機稼働できる超並列数値計算プログラムの開発も同時に行っている。分子科学の基礎理論が超並列大規模計算を介して最先端デバイス科学と融合し、新しい物質科学の世界へと展開していくと考える。
ここで紹介した光と物質の相互作用の研究は岩佐豪氏(元総研大学生、現JST博士研究員)との協同研究であり、大規模数値計算は野田真史氏(博士研究員)との協同研究である。紙面の都合で紹介出来なかったが、励起子ポラリトンダイナミクス[5] やデバイス設計で重要となる固体界面でのダイナミクス[6,7] 等の研究を通じて、上述した光学応答に対して安池智一氏(助教)と久保田陽二(元博士研究員、現九大博士研究員)が多くの寄与をしてくれた。これら全ての協同研究者に感謝したい。

■参考文献
[1] K. Nobusada and K. Yabana, Phys. Rev. A 75, 032518 (2007).
[2] Y. Kawashita, K. Yabana, M. Noda, K. Nobusada and T. Nakatsukasa, J. Mol. Struct.: Theochem 914, 130 (2009).
[3] T. Iwasa and K. Nobusada, Phys. Rev. A 80, 043409 (2009).
[4] T. Iwasa and K. Nobusada, Phys. Rev. A 82, 043411 (2010).
[5] Y. Kubota and K. Nobusada, J. Chem. Phys. 134, 044108 (2011).
[6] T. Yasuike and K. Nobusada, Phys. Rev. B 76, 235401 (2007).
[7] T. Yasuike and K. Nobusada, Phys. Rev. B 80, 035430 (2009).