研究内容 入門編
高速の動き・変化を光で見る方法
- 肉眼,高速ビデオカメラ,ストロボスコープ
ボールを投げた時に,その動きを目で追いかけて確かめることは簡単です。しかし鉄砲の弾が発射された時に,その動きを目で追いかけることは,普通の人にはできません。では鉄砲の弾の動きを観察するには,どうするか。非常に高速なビデオカメラで撮影することが,一つの方法でしょう。しかしもう一つ,速い動きをとらえる方法として,ストロボスコープという方法がよく用いられます。この方法は,高速ビデオカメラよりも更に速い動きをとらえることができます。
鉄砲の引き金を,ストップウォッチのスタートボタンに連動させておき,引き金をひくと同時に計時を開始するようにします。そして,例えば丁度0.1秒経ったところで,フラッシュランプが一瞬だけ点灯するような仕掛けを作っておきます。この仕掛けをした鉄砲を撃つと,引き金を引いてから0.1秒後の弾の位置が目でも(止まって)見えることになります。0.1秒後だけでなく,0.2秒後,0.3秒後,・・・にもフラッシュが光るようにしておけば,「ストップモーション」のような形で,弾の動きを見ることが出来ます。カメラのシャッターを開放で撮影すれば,写真に記録することも可能です。
ストロボスコープで弾の速い動きをとらえることができるには,
- 引き金を引くと,「瞬時に」火薬が爆発して,弾が飛び出す
- 短い時間を正確に計れる時計がある
- スイッチを入れると「一瞬だけ」点灯するフラッシュランプがある
ということが実現のための要素になっています。引き金を引いてから火薬が爆発するまでの時間にばらつきがあったり,時計が正確でなかったりすると,正確な動きをとらえることができなくなります。またフラッシュランプの点灯が「一瞬」ではなく時間がかかったりすると,弾の位置がぼやけて観察されてしまいます。
- 分子の超高速測定
分子の動きや変化は,ボールや鉄砲の弾よりも,遥かに高速で観察する必要があります。
分子の状態は,光を用いて分光法(スペクトル)によって調べることができます。分光測定装置に使う検出器や測定器(電気回路)は,もともと人間の目よりもずっと高速の現象をとらえられるものです。高性能の装置を使えば,10-10秒(100 ps)位の時間内に起こる分子の変化を観察することもできます。しかし装置の「目」もそれ以上速い変化を観察することはできません。
それよりも高速な変化を観察するには,ストロボスコープと同じ原理の測定を行います。分子に特定の波長(色)の光を当てると,分子の動き,変化を起こすことができます。これを上の例の「引き金を引く」ことに用います。一瞬だけ点灯するフラッシュ状の光(光パルス)を使えば,「瞬間に」変化を開始させることができます。この光を「ポンプ光」といいます。また同じようにフラッシュ状の光を使って分子のスペクトルを測定すれば,これを上の例のストロボのフラッシュとして用いることができます。この光を「プローブ光」といいます。現在,注意深く設計・調整されたレーザーを用いると,10-13〜10-14秒(100〜10 fs)程度の極めて短い間だけ点灯している光パルスを作れます。これを引き金(ポンプ光)と観察用フラッシュランプ(プローブ光)として用いるのです。
あとは,短い時間を正確に計る時計が必要です。それには,光の空間中の進行を利用します。光は,空間中を毎秒30万キロ進み,この速さはいつでもどこでも一定です。そこで,ポンプ光(図では青線)とプローブ光(緑線)の光パルスを,ある瞬間に同時に発生させ,それぞれ異なる経路を通るようにします。プローブ光の通り道にある鏡の位置を調整すると,光の速さが一定であるおかげで,出口でポンプ光とプローブ光のタイミングを細かく調整することが可能になります。鏡の位置がOの時にポンプ光とプローブ光が同時に出てくるとすれば,そこから0.3mmだけ鏡の位置をずらせば,二つの光の間には2x10-12秒(2 ps)の間隔が作り出されます。鏡の位置をミクロン単位でコントロールすることは容易にできますので,10-15秒(fs)程度の時間制御ができることになります。
こうして極めて高速な分子の動き・変化をストロボスコープの方法で観察するための要素が全て揃いました。我々はこのような原理で,高度なレーザーを用いた超高速測定を行っています。