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所長メッセージ

img_shochou2010.jpg「我々を包む世界が、いかなるミクロの調和から成り立っているのか?」、 すなわち、宇宙の創成、そして地球が誕生し、地球上に分子群の動きが生じ、生命が生まれ、豊かな自然が作りだされてきた。その分子の調和が作り上げる世界を理解し、其の知恵を学ぼうとするのが分子科学です。

人類は長い時間をかけて、自分たちの周りの世界がいかなる要素で成り立っているかを知ろうとしてきました。自然をミクロレベルで司っているのは、相互作用し、構造を作り変化し、電磁波を吸収し、反応する分子の「力」です。この「力」により、分子は電子、イオンの移動を司り、エネルギーを変換し貯め、情報を伝達しています。研究者は、一つ一つの分子を選びだし、その性質を詳細に調べ、互いに衝突させ変化させ、また幾つかの分子が集まったクラスターの構造・運動・反応性などを明らかにしてきました。さらに分子の高次構造の作りだす新しい物性の数々を探索してきてきました。我々は現在、個々の分子、其の集団の物理化学的性質について、相当の知識を蓄えています。   

そして今、分子科学の研究は、さらに階層制の高い問題にチャレンジを開始しています。例えば、1)生命現象のように「穏やかな条件下で確実に反応が一意に進むのは何故か?」、すなわち、分子の集団が、エネルギー・エントロピー・情報のやり取りをしながら、微妙な相関を持ち、生命の機能を生んでいる原理を明らかにすること。2)新しい物質の機能の創出のための指導原理を明らかにしていくこと。すなわち、分子は、ミクロのスケールで大きく揺らいでおり、その揺らぎを利用しながら確実な反応をおこす原理を調べ、分子機能がいかに生まれ得るかを明らかにしていくこと。3)さらに極端な条件下で、電子と原子核が絡み合いながら作り上げる、新しい反応の相を探ること、など分子科学の新たな展開が始まっています。皆さんは、まさに分子科学が次の段階に向けて大きく躍進する時に、分子科学の門をたたこうとしています。

分子科学研究所に於ける大学院教育の特徴の第一はExpertiseによる個別指導です。Expertiseとは英語の「専門家」ですが、複雑な現象のなかから物事の本質をとらえ、その人だけの考え方で・その人のみが解いていくことが出来るような人を言います。ある与えられた問題を解く専門家、いわゆるSpecialistとは違います。学問とは分からないことを学ぶことであり、誰も自然の大きさのまえでは、「愚人」です。基本的問題ほど誰にも分からないのです。研究とは、対象と一体となり、絶え間なく考え続けること。特に大切なのは、既存の概念に捕らわれず素心に還って深く考えることです。大きな問題ほど分からないときが長く続き、Expertiseといえども非常に不安になりますが、それを支えるのは「考える力に対する信頼」です。そして自然が教えてくれる僥倖の時がきます。そのようなExpertiseと一緒になって、ともに考え、悩み、発見する、研究の喜びを経験してください。そして、我を包む自然の大きさと美しさを体験してください。   

総合研究大学院大学は、分子科学という学問の奥深さを極めようとする人たちにも、また分野を乗り越えて新しい学問を作ろうとする人たちにも、適した条件にあります。総合研究大学院大学にかかわる研究所は化学、物理、数学、生物、人文、統計数学、地球環境など、広い分野に渡っており、この大学院大学は学問の老舗の集まりの様なところです。世界をリードしている研究者が、それぞれの学問を引き継ぐべき後継者を育てようとしていると同時に、新しい方向の学問を芽吹かせようと、一所懸命に研究を行っています。このような環境下、皆さんは、学問の深さと、多様さを同時に身に付けることができます。 また、研究所は国際性が豊かであり、多くの外国の訪問者、若い研究者、学生が最先端の研究に携わっています。このような世界からの研究者と、一緒に研究を行い、また生活を共にすることにより、それぞれの文化と考え方の豊かさを学ぶこともできます。   

このような総合研究大学院大学から、多くの皆さんの先輩たちが育ち、新しい科学研究の分野を切り開いています。皆さんが、この大学院に入り、広く深く学び、学問の美しさと力強さを体得し、大きく育っていかれることを期待しています。

平成22年4月
自然科学研究機構分子科学研究所
所長 大峯 巖